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大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)1188号 判決 1975年3月28日

(ドイツ国)

原告

ルードルフ・クルツ

右訴訟代理人弁護士

ローランド・ゾンデルホフ

牧野良三

被告

株式会社 新栄工作所

右代表者

両井新造

主文

一  被告は原告に対し金二六七万円を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一原告が本件特許、すなわち、一九六四年二月一〇日ドイツ国出願にもとづく優先権を主張して昭和四〇年二月一〇日日本国に出願、昭和四二年五月一六日出願公告を経て(公告番号昭四二―九五三四号)、昭和四二年一二月一一日登録になつた特許第五〇六三七三号の特許権者であり、本件特許の特許請求の範囲の記載が

「セクタギヤとして構成された第一の接手部材と、この第一の接手部材と旋回可能に結合された第二の接手部材とを有し、この第二の接手部材に一つの爪歯を有していてセクタギヤの歯と協働する一つの爪が配置されており、この爪がセクタギヤの個々の歯谷に掛合可能であり且つ一つの蓄力部材がこの爪を常に掛合位置へ動かそうとしている形式の、特に折りたたみみ家具などのための関着接手において、爪がその前端部に一つの制御部材を所持しており、第一の接手部材を上向き移動方向に旋回させる際にこの制御部材がそれまで爪歯の占めていた歯谷に掛合し、次いで第一の接手部材を下向き移動に旋回させる際に制御部材が爪をそれまで爪歯をおさえていた歯の上を乗り超えさせ、次いで爪歯及び制御部材が次の歯谷に掛合するようにしたことを特徴とする関着接手。」

であること、被告が昭和四四年一一月から別紙図面およびその説明書に示す被告製品を製造し、これを用いたビニールベッドを製造販売したことは、その販売数量、販売価格の点を除き当事者間に争いがない。

二別紙図面ならびにその説明書記載の被告製品が、

「セクタギヤ48として構成された第一の接手部材22とこの第一の接手部材22と旋回可能に結合された第二の接手部材20とを有し、この第二の接手部材20に一つの爪歯52を有していてセクタギヤ48と協働する一つの爪46が配置されており、この爪46がセクタギヤ48の個々の歯谷に掛合可能であり、かつ一つの板ばね66がこの爪46を常に掛合位置へ動かそうとする形式のビニールベッドのための関着接手であり、

爪46がその前端部に一つの制御歯54を有しており、第一の接手部材22を上向き移動方向に旋回させる際にこの制御歯54がそれまで爪歯52の占めていた歯谷に掛合し、次いで第一の接手部材22を下向き移動方向に旋回させる際に制御歯54が爪46をそれまで爪歯52をおさえていた歯の上を乗り超えさせ、次いで爪歯52および制御歯54が次の歯谷80に掛合するようにした」

との特徴を有する関着接手であることは当事者間に争いがない。

そして本件特許公報によると、その「発明の詳細な説明」ならびに図面に、実施例として特許請求の範囲に記載の制御部材として制御歯54を、また蓄力部材として板バネ68をそれぞれ採用したうえ説明してあるので、被告製品における制御歯54は本件特許の特許請求の範囲に記載の制御部材に、また前者の板バネ66は後者の蓄力部材に含まれるといわなければならない。

そうすると、被告製品は本件特許の特許請求の範囲に記載の特徴をすべてそのまま具えていると認めるべきであるから、本件特許発明の技術的範囲に属するものであることが明らかである。

三さて、原告は、被告に対し被告製品を組み込んだビニールベッドの製造販売行為につき差止めを求めるのに対し、被告は、昭和四五年ごろ原告から警告を受けてのちは製造販売を完全に中止したと主張して現在の製造販売行為を否認するところ、被告が現在なお被告製品を使用したビニールベッドを製造販売していることならびに、近き将来また右製品販売を開始するおそれがあることを認めるに足る証拠はない。したがつて、原告の右差止めを求める請求は理由がない。

四つぎに、原告の不当利得返還請求について考察する。

被告が昭和四四年一一月ごろから昭和四五年九月ごろまでの間に、特許権者たる原告の了解を得ずしてベッド一台につき被告製品を四個組み込んだビニールベッドを製造販売したことは当事者間に争いなきところ、その販売数量について原告は七万五〇〇〇台であると主張するのに対し被告はそのうち五万台につきこれを認め、五万台を超ゆる数量については争つているのであるが、右超過部分につきこれを確認するに足る証拠はない。したがつて、被告の販売数量は同人の自白にかかる五万台と認めるの外ない。

そうすると、被告の右製造販売行為は、既に認定したところによれば、特許権者たる原告に対し通常支払うべき実施料の支払いをなすことなく、原告の本件特許発明を実施したものというべきであるから、ひつきよう、被告は法律上の原因なくして原告の財産に因り実施料相当の利益を受け之が為めに原告に右金額の損失を及ぼしたと認めるべきである。

被告は、右製造販売行為は被告が訴外S貿易株式会社から注文を受けその指図のまま製作したものであつて、ビニールベッドに使用する関着接手の製造行為が原告の本件特許権の侵害になることを知らず、原告からの警告により中途でその製造販売を中止せざるをえなくなつたことにより、かえつて千数百万円に上る損害を蒙り目下倒産に瀕している状態であり、本件ビニールベッドの製造販売による利益は全く得ていない旨主張する。しかし、もし、被告会社が法律上は訴外S貿易株式会社と別人格であつても本件ビニールベッドの製造販売の事業については右訴外会社の一製造部門にも比すべき密接な営業経営上の関係にあり被告会社の右製造販売行為は即ち右訴外会社の行為とみるべき特別の関係にあるならば兎も角、そのような関係が認められない被告の場合において、被告の右製造行為が現実には訴外会社の注文あるいは指示に従つてなされたものであるとしても、その事実、その他被告が右製造販売の事業において営業上の利益を得ていないとの事実はなんら前叙被告の不当利得行為についての判断を左右するものではない。

そこで、被告が原告に返還すべき本件特許の実施料相当額はいかほどかについて検討する。

実施料算定方法には種々のものが考えられるが、一般に特許実施品の正味販売価額及び販売数量を基準に算定されるのが通常であることに鑑みると、被告が製造販売したビニールベッドの販売単価に販売数を乗じ、更にそれに販売数量を参酌した一定率を乗じて実施料を求める原告の算定方法はそれ自体相当であると認められる。そして、被告の販売数量についてはさきに検討したとおりであるから、つぎにその販売単価を検討確定し、さらに販売価格に対する実施料率を考えることにする。

原告は、被告が販売したビニールベッドの売価は、一台当り二、〇〇〇円であると主張するのに対し、被告は一、七八〇円であるとしてこれを争うところ、証人Uの証言中には、当事者の経験に照して一台二〇〇〇円前後のものであつたろうという供述部分があるが、右供述はいまだ被告の正味販売価格が現実に二、〇〇〇円であつたことを確定しうるものとはなりえず、他に右認定に供しうる証拠はない。そこで、本件実施料相当額の算定に当つては、当事者間に争いのない範囲、つまり一台一、七八〇円をもつて販売単価とする。

つぎに本件特許の実施料はビニールベッドの販売価格に対しどの程度の割合が相当であるかを考える。

いずれも<証拠>によれば、原告は昭和四〇年訴外K社に委託して訴外O金属工業合名会社との間に、本件特許の実施品である関着接手を合計四個使用したビニールベッドを対象品とし、実施対象地域を日本のほか主としてアジア、中近東諸国とする通常実施権設定契約を結んだこと、右契約に際して原告側は、実施料として販売数量五万台までの分については対象製品の販売価格の八パーセント、五万台を超え一〇万台までの分については六パーセントを要求したが、最終的には販売数量五万台までの分については正味販売価格の五パーセント、五万台までの分については四パーセントとすることで契約が成立したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実その他本件に顕われた諸般の事情を総合すると、本件特許の実施料はベッドの販売価格の三パーセントをもつて相当と考えられる。

以上の考察に基づき、被告が利得した実施料相当額を算出すると、つぎのとおり二六七万円となる。したがつて、これを超える原告の主張額は理由がない。

1,780×0.03×50,000=2,670,000

原告は、被告は本件特許に抵触することを知りながら被告製品をつくりかつこれを使用したビニールベッドを製造販売したものであるとして、右実施料相当額の返還のほかに、これに対する訴状送達の日から完済までの民法七〇四条所定の利息の支払を請求するが、原告が挙示する事実をもつて直ちに被告が本件特許侵害になることを知つていたとは推認できず、その他被告の悪意を認めるに足る証拠はない。また原告は、右法条にいう「悪意の受益者」とは、特許権の侵害になることを知らなくても、知らなかつたことに過失のある者を含むと解すべきだと主張するが、そのような解釈は採用できない。

したがつて、遅延損害金としてならともかく、民法七〇四条にもとづく右原告の請求は理由がない。

五被告は、かりに被告の行つたビニールベッドの製造販売が権利侵害になるとしても、一九七一年(昭和四六年)八月、原告と被告ビニールベッドの一手買付先である訴外S貿易株式会社ほか関係者の間において、被告が製造販売した本件五万台のビニールベッドの権利侵害が問題になり、かつこれに関する協定の成立により示談解決ずみである旨抗弁するので、この点について以下判断する。

<書証>に弁論の全趣旨を綜合すると、つぎの事実が認められる。

原告は、カナダ及びアメリカ合衆国においても本件特許発明について特許権を有するものであるが、一九六七年暮ごろから翌年にかけて、右両国で本件特許の侵害品と認められる関着接手を用いたビニールベッド(寝椅子)が売り出されているのを発見し、調査の結果その発売元がカナダ国モントリオールの市のB社と同社のアメリカにおける販売会社であるC社であること、両社の販売するビニールベッドは、両社の支配人であるMが両社のために日本において被告が製造したものを買付けたものであることが判明した。そこで原告は代理人を通じてMやB社に対し、カナダおよびアメリカにおける特許権侵害を主張し損害賠償を要求した。そして、種々折衝の結果一九七〇年暮ごろに至り、製造発売元である被告にも日本における特許権侵害の問題があるところからこれにも責任を負担させて、関係当事者間で原告の要求に多少なりとも応じた形で問題を解決することになつた。ところが合意書作成の段階で被告が和解金あるいは賠償金の支払を応諾せず、合意書作成を拒絶したため、被告を当事者に加えこれに責任を分担させる和解は不成立に終つた。そこで再び被告を除外した当事者間で和解することになつたが、B社らは原告に対し、新たに、問題のビニールベッドはMが日本のS貿易株式会社を通じて買入れたものであり、S貿易は日本におけるB社らの代理店であると主張して、これを当該和解により免責を受ける当事者に加えた和解を申し出、原告側も結局右申し出を認めて一九七一年(昭和四六年)八月に至り、つぎのような合意書が関係当事者間に取り交された。すなわち当事者を原告、M、B社、C社およびS貿易とし、その内容は①前記Sから出荷され、アメリカ、カナダ両国においてB社およびC社によつて販売された寝椅子五万台に関し、MとB社は、紛争の平和的解決のために原告に対し一万ドル(米貨)と費用の一部として九〇〇ドル(前同)を支払う。②原告は、右五万台の寝椅子に関する限りにおいて、和解金の受領をもつて、M、B社、C社及びS貿易に対し、過去、現在、将来に亘る一切の請求権を放棄する。③Mと右三社は、原告に対し、直接的であれ間接的であれ原告の特許権を侵害し又は侵害するおそれのある行為を一切しないことを約束する、ということを骨子とするものである。そして、右合意書には第3項および第6項としてつぎのような確認条項が含まれている。

第3項 本合意書第2項掲記の受領すなわち免責ないし請求権の放棄は、上記五万台の関着接手付寝椅子のみに関するものであつて、それ以外の前記特許に対するMあるいはB社あるいはC社あるいはS貿易あるいは日本国大阪市の株式会社S工作所(同社はK社がその特許権に含まれると主張するところの調節可能な接手を装着した寝椅子五万台を製造した会社である。)を含むその他すべての第三者によつて加えられるいかなる侵害についても、これに対してK社が有する権利を害するものではない。

第6項 この合意は、上記特許権の正当性についてM、B社、C社およびS貿易が承認したものと決して解すべきでなく、又右当事者らの全部又はそのいずれかがこの特許権を侵害したことを認めるものでないこと、またこの合意の締結あるいは前記金員の支払は、M、B社、C社およびSが平和的解決を図らんがためのものであつて、それ以外の目的のものでないことを確認する。

以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。右認定事実によれば、被告が主張する原告と訴外S貿易B、社らとの間に成立した合意が、被告の製造販売にかかる本件で問題のビニールベッドに関しての和解契約であることは明らかである。しかし、被告が右和解契約の当事者でないことも明らかであるから、右和解契約において被告に免責を与えるための特別の合意があれば格別、そうでなければ、右和解の成立をもつて本件請求の抗弁とはなしえない。しかして、右合意書で見るかぎり、当事者外の被告に免責を与える旨の明白な記載は見当らない。多少疑義が残るとすれば、右合意書第3項の文面上、原告が本件特許権の侵害に対して権利留保しているのは、被告製造販売にかかり、カナダおよびアメリカで販売されるに至つた寝椅子五万台以外のものについてであると解されるから、M、B社とS貿易および被告らとの間の和解金の求償問題その他内部関係の調整問題が残ることを考慮して、原告としても当該五万台の寝椅子に関する限りはもはや被告に対して直接権利行使しないことを了解していたのではないかという点である。しかし、前認定の合意書作成に至る経過および合意書第4項の文言に照すと、そもそもS貿易やMらにおいてこの和解契約を結ぶに当つて被告のためにする意思があつたとは認め難く、権利侵害の成否に立ち入ることなくたゞただカナダおよびアメリカにおける販売行為をめぐつて生じた紛争について当事者間限りの平和的解決をはかつたものであることが明らかである。

そうすると、被告主張の示談の成立はいまだ被告に免責を与える理由とはなりえず、他にこれを認めうる証拠はないい。したがつて被告の抗弁は排斥を免れない。

なお、前記認定事実によれば、MおよびB社から原告に対しすでに和解金一万ドルは支払ずみであると推認されるが、これは権利侵害を前提としない前述のような性質のものであるから、本件で問題の実施料相当損害金を補填するものとは認められない。

六以上のとおり、原告の請求は、不当利得の返還を求める請求のうち二六七万円の限度でのみ理由があるからこれを認容し、その余の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(大江健次郎 小林茂雄 香山高秀)

図面説明書、図面<省略>

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